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公開日:2018.12.05 更新日:2020.05.193544view

ハラノムシから考える「見える世界と見えない世界」

鍼灸雑話その11

戦国時代のハラノムシ

2007年、神戸の長野仁先生によって『戦国時代のハラノムシ(国書刊行会発行)』が出版されました。ご存知ですか?
この本は、『針聞書(はりききがき)』という書物の内容をまとめた貴重な資料です。

『鍼聞書』は戦国乱世の時代、大阪の茨木にいた「茨木元行(茨木二介)」という鍼医が1568年に世に出しました。師匠や先人達の口伝をまとめたものです。
元行の師を「針得」といい、針得の師匠は「無粉(あるいは無分)」という僧であり、日本独自の鍼術「打針」を編み出したとされる人物です。無粉系統の医学は、『耆婆経(ぎばきょう)』という佛教医学書を応用しているため、現在の漢方医学、中医学の体系とはずいぶんと異なります。(「耆婆」とは、釈迦の弟子であり名医と言われたジーヴァカのことを指します)

よく、怒りがふつふつと湧き上がっている時に「ハラノムシがおさまらない!」と言います。
漢方には、臓腑の気(エネルギー)が滞ることで「積(せき)」「聚(しゅう)」という塊(気滞・瘀血)を作り、積聚が変化してムシとなり痛みや病気を産み出すという考え方、整体観(せいたいかん)があります。それぞれのムシは鍼や漢方薬で治療できるのですが、『針聞書』にはその方法がまとめられています。(九州国立博物館に収蔵)

空想か現実か・・・

ある日、私は神戸三宮にある先輩の鍼灸院を訪ねました。
その時、「山本君、長野先生の面白い本が出たよ!」と見せて頂いたのが、『戦国時代のハラノムシ』でした。

この本をパラパラと開いた時に、一匹?のハラノムシが目にとまりました。
「腰抜の虫(こしぬけのむし)」です。

見た瞬間、東京に住む先輩の気功師を思い出しました。
その半年ほど前、
「最近、施術中に患者さんの身体の中からトンボのような形状のものが飛び出して、顔の周りをブンブン飛んでうっとうしい!」
と、先輩が話をしてくれたのです。
腰抜けの虫を見た時「そういえば!」と思い出し、写真を撮ってメールをしました。数分後「これこれ、こいつ!!」と先輩から返信がきて、とても驚いたのを覚えています。
後日、先輩も本を買ったらしく、数匹のハラノムシを実際に見たと教えてもらいました。

『針聞書』を目にした人は、きっと「昔の人の想像力は面白いね!」と考えると思いますが、もし作者の茨木元行やその師匠たちが、実際にハラノムシを見ていたとすればどうでしょう!?
実際に見ていたからこそ、これほど豊かな絵を残し、それぞれのハラノムシに対する治療法も記せたのではないか?と私は考えています。

見えないものは見えませんが、実は気づいていないだけなのかも知れません。

私たちは何を見て、何を認識しているのか

見えないものは、それを見ることが出来れば「見えるもの」になります。
見えているものでも、もしそれを見逃していれば「見えない(見ていない)」ものです。

私たちの「目」は、多くの情報を集めますが、同時に多くのものを見逃しています。
私たちは何を見て、何を認識しているのでしょうね。

私は、薬日本堂漢方スクール大阪校で「経絡」の講義をしていますが、この経絡は「気の世界」の産物であり、見えない世界のものです。
経絡は目には見えません。見えないから「存在しない」ということでもありません。
空気は見えませんが、確かに存在しています。風も見えませんが、感じることが出来ます。
これと同じように、経絡は「気」をわかった人が認識出来た世界であり、頭で覚えても経絡をわかったことにはならないのです。

ぜひ一度、書を手に入れ、戦国時代に描かれた表情豊かなハラノムシたちを見てあげてください。
もしかしたら、あなたのお腹の中にもいるかもしれません・・・

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山本浩士 鍼灸 鍼灸雑話
山本 浩士
山本 浩士 - Hiroshi Yamamoto

鍼灸師(厚生労働大臣免許・国家資格) 兵庫県西宮市出身。

幼少より武術修行を始め、師より医武同源の考えを教わり、武術と医術の両立を志す。

高校卒業後、大阪のアクションチームに所属し、映像や舞台などで仕事をする。

2009年、はり師・きゅう師の国家資格を取得し、地元兵庫県西宮市で「はり灸楊鍼堂」を開院。千葉の恩師から、参禅や滝行の修行を通して伝統医術を学ぶ。また、数名の先生から江戸時代の鍼術や道家気功鍼などを学び、難病や慢性疾患に対する臨床経験を多く積む。2015年に東京へ移転。2016年から、ポーランドやイタリアで鍼灸、気功、武術、導引按腹の出張講義を開始。2017年11月から、自由が丘で「漢方鍼灸 和氣香風」を妻とともに開業。

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