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公開日:2019.02.20 更新日:2020.05.184462view

養生の目的は長命にあらず ~ 貝原益軒と養生訓

気の省エネ生活 vol.20

人生の“収”から心がけたい気の省エネ生活

人びとは毎日その日の昼夜の中で、元気を養うことと消耗させることのどちらが多いか比較してみるがよい。多くのひとは、一日のうちで気を養うことが少なく、消耗することが多くて、それが毎日つづけば元気が減り病になってついに死をまねくであろう。それだから多くのひとは病気がちになり短命に終わることになる。限りある元気であって、限りのない欲を自由にしようと思うのは、間違っている。
(養生訓 全現代語訳 訳:伊藤友信 講談社学術文庫)


コラム「気の省エネ生活」の初回(vol.1)に紹介した文章です。

年齢とともに変化する身体において、健康のために“何かをプラスする”という考え方から “何かをやらない”という考え方へ転換していく時期があると思います。気を養うだけでなく、消耗しないようにするという視点です。
四季における天地の気は「生・長・収・蔵」というリズムで変化しているという話をコラムvol.16に書きました。
「生・長・収・蔵」は自然のリズムですから、人の一生にも当てはまります。
おおざっぱではありますが、生まれて20歳くらいまでが“生”、その後40歳くらいまでが“長”、40歳を過ぎてからは“収“、60歳を過ぎるあたりからは”蔵“と考えると、”収”の年代から気の節約養生が大切になってくると考えます。

コラム「気の省エネ生活」は、私自身が年齢とともに元気を養う力の低下を感じる中、気の消耗をできるだけ防ぎ、本当にエネルギーを注ぎたいことに限りある元気を使って生活したいという気持ちがきっかけでスタートしました。
今回でこのコラムを終了するにあたり、“気の省エネ“というテーマの発想を得た『養生訓』と貝原益軒についてお伝えしたいと思います。

晩年も輝いていた 貝原益軒

「老いてますます楽し~貝原益軒の極意」(著:山崎光夫 新潮社)を参考にさせていただき、貝原益軒を簡単に紹介します。
貝原益軒は江戸前期の儒学者です。生まれた時から身体は強くなく、体力も人より劣り、数種の持病に生涯悩まされたそうです。しかし、平均寿命が40歳程度であった時代に(乳幼児の死亡率が高かった背景もあります)、85歳で逝去しています。
山崎光夫さんが注目されているのは、藩の仕事を退官したのが71歳、その年齢まで勤めを果たし、そこから没年までの期間に30冊近い書物を出版し、その中に『養生訓』をはじめとする大著が数多くあるという点です。
つまり、貝原益軒は長生きであっただけでなく晩年にも心身の健康を保っていたのですね。

300年経ても読まれ続ける『養生訓』

『養生訓』の発刊は1713年。300年経た現代でも読み継がれているわけですが、近年も統合医療をリードする方や、アーユルヴェーダの分野で活躍されている方が『養生訓』を訳し解説するなどした書籍が出版されています。
『養生訓』が健康や養生を考える際に現代でも注目される理由はいくつもあるのだろうと思いますが、私が『養生訓』を好きな理由は2つあります。

ひとつは、益軒が自分で実践した養生法が書かれていることです。机上の知識ではなく経験や体感を重視していることが読んでいて伝わってきます。顔の洗い方、歯の磨き方、入浴におけるたらいの寸法、眼鏡の手入れなど、こんなことまで!?と思えるような面白さがあります。
『養生訓』は85歳まで生きた益軒が83歳の時に書き、84歳に発刊されています。人生で得た知識と体験の集大成なのではないかと思います。

養生は “楽しむ人生”のための手段

私が『養生訓』を好きな理由、もうひとつは、『養生訓』を貫く根本的な考え方と愛情です。
『養生訓』は、「~してはいけない」「~すべきである」といった禁止や制限が多いのですが、それでも堅苦しさを感じず読むことができるのは、養生の目的に共感できることと、人々への愛情のようなものを感じるからです。

『養生訓』の巻第一の冒頭。この箇所のテーマは「養生訓 全現代語訳」(訳:伊藤友信 講談社学術文庫)では「人間の尊厳性」と訳されています。長い文章なので私の解釈で要約しますと次のようになります。
「人の身体は天地・父母の恵みを受けて生まれ育った身体なので、いのちを大切にして天寿をまっとうし、けっして自分の不摂生で天命を縮めてしまわないようにしましょう。人生は楽しむものです。健康を保って長生きすれば楽しみも多くなりますので、養生をして健康を保ちましょう。」

この冒頭に、益軒の生命観が表現されていると思います。
「老いてますます楽し~貝原益軒の極意」(新潮社)の中で、著者の山崎光夫さんが次のように解説されています。
「楽しむことを重視したのが益軒の基本的生き方である。
『養生訓』も“楽しむ人生”のために書いたのである。
益軒にとって、養生や長命は目的ではなく、“楽しむ人生”のための手段である。」


また、学問を生活に活かす知恵として一般の人々に届けようとするのが益軒の基本姿勢だったそうです。儒学や歴史、本草学などの難解な専門書も多い中で、平易な文章により庶民の生活に役立つ書物も数多く残していてそのひとつが『養生訓』です。

健康を保つ、あるいは健康を目指すために、漢方・養生の考え方が役に立ちます。入り口は“健康のため”であったものが、徐々に漢方・養生を知って深めていくと“健康”に留まらないもっと広範囲な物事に生かせる知識・知恵であることが見えてきます。
これからも知識を学ぶことと実践して体験することのバランスを大切にして漢方・養生の知恵を身につけていきたいと思います。

飯田 勝恵
飯田 勝恵 - Katsue Iida[薬剤師・薬日本堂漢方スクール講師]

静岡県立大学薬学部卒業。1998年薬日本堂入社。約10年間の臨床と店長を経験。店舗運営や相談員教育などに携わり、その後「自然・人・社会に役立つ漢方の考えをより多くの人に伝えたい」と講師として活動。薬だけではない漢方の思想や理論に惹かれ、気功や太極拳、瞑想なども生活に取り入れながら漢方・養生を実践している。

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